Lagrange5-sct6-WIDE-S

Orympus Wide-s


 OLYMPUS WIDE-S 
〜 おやじの眼 〜




昭和32年 ここは馴染みの写真館。
彼は新しいカメラのカタログを前にして迷いに迷い、写真館の主人を困惑させていた。

「広角レンズのオリンパスか、いや、レンズ交換可能なニコンにするか・・・」

もうすぐ子供が生まれる。待望の3人目だ。
写真を趣味とする彼にとって、これから生まれてくる子の成長を写真に記録することは「使命」と言ってよい。 しかも子供の成長は速く、今この瞬間を撮らなければ意味がない。
なのに、長男も長女も赤ん坊の頃の写真はほとんど残っていない。 若い頃に乾板式写真機に凝っていたとはいえ、決して裕福とは言えない彼は自分のカメラというものを持っていなかったのである。
今度は・・・今度こそ自分のカメラを手に入れて我が子の成長を記録するんだ。

昭和32年4月 オリンパス WIDE-S 発売 3万7000円
昭和32年9月 ニコンSP 発売 9万8000円(NIKKOR-S・C 5cm F1.4付)

ニコンが欲しい。今は交換レンズを買えなくても、貯金して買える日がきっと来るはずだ。
しかし・・・高い。 昭和32年 初任給は恐らく1万円台、好調だった景気は前年で終焉を向かえ、今はどこも景気が悪い。 この時期に3人目の出産を控えて9万8000もの出費は・・・考えるまでもなく事実上不可能なことだった。 しかも、建設業である彼にとって必要なレンズは「広角レンズ」である。標準レンズ付きのニコンにした場合はさらに交換レンズを購入しなければならない。

迷った挙句・・・というより、自分自身を説得した結果、彼が購入したカメラは「オリンパス WIDE-S」(製品名ワイドスーパー)だった。
カメラだけではない。ナショナルのフラッシュも、セレン式露出計も買った。シャッターにねじ込むタイプのセルフタイマーも買った。そして彼は・・・ハンザの引伸ばし機と現像道具一式までしっかり購入してしまったのである。

こうして我家の写真記録が本格スタートする。


昭和33年 彼は昨年生まれたばかりの我が子を連日のように撮り続けた。今も残るアルバムの日付を見ると少なくとも毎週のように撮影している。 赤ん坊の表情は日々変ると言うが・・・それにしても凄い写真の量である。

しかし、春休みも終わるころ、我家に最悪の悲劇が訪れる。
あろうことか、我が子が予防接種直後に急死してしまったのである。 家族は悲しみに暮れ、医院に対する不信感をつのらせた。だが結局予防接種との因果関係はわからず、泣き寝入りするしかなかった。
しかし・・・あきらめきれない妻はもういちど子供を産む決心をする。
病気がちで身体が弱く、高齢であることを考えれば出産はもう限界かもしれない。 しかしそれでも産むという。我が子を亡くしてしまった悲しみは想像するに忍びない。

そして翌、昭和34年・・・私が生まれた。



我家に残る赤ん坊の写真は、亡くなった赤ん坊のほうが私より多い。
それでも大量に処分したというから、父は私のときなどとは比較にならないほど大量の写真を撮っていたことになる。 母は、父が私の写真を大量に撮るのを嫌っていたようだ。 江戸時代の「魂が吸い取られる」などという話ではないにしろ、父があまりに大量の写真を撮ったことが多少は気になっていたようである。

このカメラは、私たち兄弟にとってもカメラ〜写真の世界に触れるきっかけとなった。 兄はその後ニコンの一眼レフに凝ってしまった。姉は新聞部でカメラマンなんぞをやっていたらしい。 そして私は、科学部の天体観測での写真班としてオリンパス WIDE-Sを酷使した。
特に流星観測では、可能な限り広大な星野を画面に捉えて流星が流れるのを待ち構える必要がある。 ところが、科学部員が持ち寄った高級一眼レフはどれも標準の50mmレンズで、大きい星座が画面に入りきらないのである。 いうまでもなく オリンパス WIDE-S は科学部の期待を集め、あのジャコビニ流星群では観測の主力として輻射点を狙う大役を担った(結果は散々だったが)。 この頃は父も特製の防露フードを自作したりして応援してくれたものである。

父、兄、姉、そして私と、4世代にわたって家族の眼となって記録し続けたこのカメラは、45年の歳月を経て私の手元にある。 昨年、父が他界したときに万感の想いで私が譲り受けたものだ。
私が天体撮影で酷使したせいかシャッターのバルブだけが故障しているが、まだまだ使えるはずである。
是非修理して長生きさせたい。



オリンパス WIDE-S − 安価ながら35mmF2.0という明るい広角レンズを備え、 当時50mmレンズが標準だった世界に広角スナップの楽しさを広めた隠れた名機である。 昭和30年に発売した世界初の広角専用機「オリンパスワイド」を改良し、より明るいレンズを搭載した決定版。そのため「ワイドスーパー」とも呼ばれる。
レンズの明るさを生かした室内撮影も、広角を生かした風景も、一般的なスナップ写真には欠かせないものである。 広角35mmという焦点距離は、現代ではズームレンズ機を除けば事実上コンパクトカメラの標準とも言えるかもしれない。
そしてこのカメラには、人に優しいカメラを実現するためのオリンパスのこだわりが詰め込まれている。
それについては、また別の機会に触れたい。