Lagrange5-sct6-Sirataka
Asteroid 12445 Sirataka


 故郷の星 
〜 小惑星 Sirataka 〜


無数の小惑星が漂うアステロイドベルト。そこに私にとっての「故郷」と呼ぶべき星がある。

その星の名は  「Asteroid 12445 Sirataka

私が生まれ育った町「白鷹」と何故か同じ名を持つこの小惑星は、1996年に日本の元教師によって火星と木星の中間付近で発見された。


兄も姉も口をそろえて「中学には面白い理科の先生がいるぞ」という。その話を信じ、中学に入った私は迷わず「科学部」に入った。顧問の先生の名は「大国富丸」という。
ボサボサ頭の長身でいつもヨレヨレの白衣を羽織り、大きな瞳をキラキラさせて生徒に語りかける。
何でもやらせてくれた。何でもやって見せてくれた。そして、何でも聞いてくれた。

「皆既月蝕見たいか?」
「見たい〜!」
「月食の写真撮ってみるか?」
「撮る〜!」
「よーし、んじゃ俺がプリント作るから家の人のハンコもらって来い
 月蝕の日は学校に泊まるからな」
「うほーい!」

この日は「初めて」だらけだった。 先生のカメラはウエストレベルファインダー付きの「ニコンF」。上からスクリーンをのぞく変なカメラでレンズも付いていない。初めて見る用途不明の銀色の重い物体は異様な魅力で私をひきつけ、今でもその副作用が残っている。
次が望遠鏡にカメラをつなげて月を撮る方法。先生は接続チューブを忘れてきてしまい、なんと望遠鏡とカメラをボール紙の筒でつなげて撮影する方法を教えてくれた。緊急とはいえ接眼レンズもカメラのレンズもなしで月蝕が撮れるという(結果は成功)。このとき先生はすべての操作を不器用な生徒にさせてくれた。当然、カメラのミラーはキズだらけになってしまったが、先生は何も言わない。ただ「2分後に1/60秒で撮ったら次は1/30秒にセットだぞ」といった調子で自分はずっと空を見上げている。

本当の感動が訪れたのは驚異の皆既月蝕が終わり、月が地平線へ傾いてからのことだった。
先生は地面に敷いたシートに寝転がると、みんなにも寝転がれという。
先生は「星を見ろ」とだけ言い、ずっと黙っている。みんなも黙っている。
15分も経った頃だろうか、私は空の星が増え始めたことに気付いた。そして「星でないもの」まで見え始めた。
一人、また一人と「あれ、なんだろ」「あそこモヤモヤしてないか?」とつぶやき始める。

しばらくして先生が答える。

「ほう、あれが見えるか。」
「あれなに?」「えっどれどれ?」「見えねーぞー!?」

「・・・あれがアンドロメダ星雲だ」

しばしの静寂・・・そして知的パニックに陥った生徒達の叫び声が続く。
初めて肉眼で目撃した星雲、しかも有名なアンドロメダである。 まさか肉眼で見えるなどと想像していなかった生徒達は一瞬で知識の壁を突き破り、心は銀河の向こうへ飛んでしまっている。
生徒達を何度かのパニックが襲い感動もピークに達した頃、私はずっと前から気になっていた微かな光の事を聞いた。


「先生・・・あそこに何かあるような気がする」
「あ、そうそう!オレも何かあるような気がする」

真っ直ぐにそこを見てもはっきりしないが、ちょっと目をそらすと視界に微かな煌きを感じる。とても神秘的で深みのある空間に、チリのように儚い何かが凝集しているような・・・
「うん、あそこには星がある・・・少しだけ目をそらして集中してみろ」
再び静寂が訪れ、今度はため息とともに「あ〜見える〜」「ガラスの屑みたいだ〜」「きれいだ〜」と感動を口にしはじめた。

「プレアデス星団だ。そうだな、スバルって聞いたことあるだろ  日本ではスバルって言うんだ。何個見えるか数えてみろ」

・・・30年後に自分の息子に同じことを言うことになるとは夢にも思わなかった。



大国先生は退職後に私設天文台を作り、念願の天文観測に没頭した。 そしていくつかの小惑星を発見し、そのひとつに「Sirataka」と名づけた。 この町に縁のあるすべての人たちにとってSiratakaの名は永遠のものなのである。 先生は現在南陽市民天文台を運営する南陽天文愛好会の会長である。



小惑星ハンター大国富丸先生が発見した小惑星は117個。世界ランク52位だ。
いつまでもお元気で空を見上げていてほしい。

(2003年6月時点の集計では、発見小惑星はさらに増えて183個。世界ランク164位とのこと)



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Photo by (c) Naoyuki Kurita
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