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時系列順ブログ記事(対象記事数:597)
6/15
20:47
かば◎
●14日金曜日。午後だと勘違いしていた医者の予約時間が実は午前中だったことに当日になって気付く(マヌケ)。
おかげで午後が空いたため(貴重な梅雨の中休みでもあり)、衝動的に衣笠まで出掛けることにする。
●三浦半島は軍港・横須賀を擁し、かつ東京に近いこともあって多数の対空砲陣地があった。そのうちの多くは戦後の開発で消失しているため、逗子の披露山や武山の砲台山、あるいは先日行った二子山など、しっかり遺構が確認できるところはそれなりに貴重な存在と言える。
ちなみに、hn-nhさんがレポートされている都内の「青戸高射砲陣地」等は陸軍のもの。三浦半島の防空は基本、海軍の管轄であったようで、したがって名称も「高角砲台」となる(対空砲については、陸軍は高射砲、海軍は高角砲と称した。東大が惑星、京大が遊星と呼んで張り合ったのと似たような話)。
さて、上記の披露山や砲台山以外にも、衣笠の近くの山の上に同型のコンクリート製砲台が残っていることを最近知った(このへんの情報の虎の巻として利用させてもらっているサイト「東京湾要塞」でもしっかり紹介されているのに、なぜか今まで気に留めていなかった)。
場所は、横須賀市平作と横須賀市衣笠町のほぼ境界にある山中で、現在はその南側を横浜横須賀道路(いわゆるヨコヨコ)が通っている。

地図はOpenStreetMapから(クリックで別タブで拡大)。地図中に示したポイントは、
  1. 衣笠高角砲台のおおよその地点。
  2. 現在は藪に埋もれている砲台道最終アプローチの入り口。
  3. JR横須賀線「衣笠」駅。
  4. 最寄りバス停その1。衣25系統「しょうぶ園」バス停。
  5. 最寄りバス停その2。「衣笠城址」バス停(須/衣2・3・4・5系統など多数)。ここまで歩くなら、衣笠駅まで歩いてもあまり変わらない気も……。
  6. 衣笠城址。
●恒例の、終戦直後の米軍撮影の空中写真(国土地理院の地理空間情報ライブラリー、「地図・空中写真閲覧サービス」より。写真整理番号USA-M46-A-7-2-129、1946年2月15日撮影)。

右は、同じ空中写真をOSMの現況地図の中にはめ込んでみたもの。左上の特徴的な道の分岐を目印にしてはめ込んでみたもので、縮尺、角度には若干のズレがあるはず。あくまで「おおよそこんな感じ」ということで見て欲しい。
毎度の横須賀海軍警備隊「砲術科兵器目録」(終戦時に装備整理のために作成されたもの)によれば、配備されていた高角砲は「一二糎七」2基4門(披露山や武山砲台山と同じ、連装の四十口径八九式十二糎七高角砲)。上の写真では、「E.T.」顔をしている山頂広場の左右の目の部分がコンクリート製の砲台で、ここに据えられていたものと思われる。ほか、リストには
  • ステレオ式測距儀 1基
  • 弾薬 540発
  • 九六式一五〇糎探照灯 2基
  • 二十五粍二連装機銃 2基
などが記載されている。また、やはりよく参考にさせて頂ている「横須賀周辺の防空砲台と特設見張所」の「衣笠防空高角砲台」のページによれば、ヨコヨコの南側の2カ所のピークにも、聴測所らしき施設があった可能性がある、という。
●現在は公園として整備されている披露山(小坪高角砲台)、海上保安庁の施設があるのでそれなりに常に人の手が入っている砲台山(武山高角砲台)、KDDIの施設へのアクセスおよびハイキングコースとしてこれまた手が入っている二子山上ノ山(二子山高角砲台)と違って、この衣笠高角砲台は、現在、特別何もない。
それだけに関連施設の遺構などもかなり残っている――ようなのだが、反面、ほとんど藪の中に沈んでいる。
以前、初めて砲台山に行った際に、hn-nhさんに「夏に調査に行くなよ……」と呆れられたのだが、まさにその通りで、実際、今回は深い藪に遮られて目当ての山頂までは行きつけず、一部の施設跡しか確認できなかった。いや、うん、今回は「とりあえず場所だけでも確認出来たら」と思っただけだから(←言い訳がましい)。
●とりあえず、JR衣笠駅から「しょうぶ園循環」バスに乗って「しょうぶ園」バス停まで。ヨコヨコ下り線の横須賀PA真裏を通り、砲台へのアプローチを目指す。

そしてこれが砲台への入り口地点(上の地図(2))。きちんと道に見えているのはヨコヨコに突き当たる現在のハイキングコースで、左手の藪がちょっと窪んで見えるところが元の砲台道。ぱっと見には普通の藪でしかなく、最初は気付かずに通り過ぎてヨコヨコ脇まで行ってしまってから、行き過ぎたのではと気付いて引き返し、なんとか発見。「え? もしかしてこれが入り口?」と、この時点ではっきりと及び腰。

入り口はほとんど藪と見分けがつかなかったが、意を決して分け入ってみると、それなりに踏み分け道らしいものが続いている。
現状はそんな感じだが、よく見るとある程度平坦な部分に幅があり、もともとはそれなりの道幅であったらしいことは判る。もちろん、当時の資材/弾薬運搬が完全に自動車化されていたかどうかは判らず、もしかしたら大八車だったかもしれないが。現在は半ば藪に埋もれているだけでなく、道を塞ぐ倒木も数カ所にあって、乗り越えたりくぐり抜けたりする必要があった。
歩いていると、頻繁にクモの巣に顔を突っ込む。このへんの山道でのハイキングではしばしばあることで、そのため、歩く方向に棒を振りながら進むのが良いのだが、特に今回は藪に分け入ってしばらくは、適当な棒が拾えなかった。また、棒を振っていても、よほど注意していないと完全にはカバーしきれない。

途中、山側に大きな壕が口を開けている。実は行きには見落として、帰りに気付いて撮った。大人が十分立って入れるほどの高さで、入り口は素掘りの感じだが、この地を調査した先人のレポートを見ると、中は綺麗にコンクリートで巻かれているらしい。弾薬庫跡か。サイト「東京湾要塞」では「防空壕」とし、また、発電機が置かれていたのではと推察している。さすがに夕方、明かりもないじめじめした洞窟に一人で入る度胸はないので、入り口を写真に収めたのみ。

木立の切れ間から横浜方面が見えた。角度的には、先に二子山高角砲台の記事で、山頂からの眺望として貼った写真と似たような感じ。位置的にはこちらのほうが約5km南東になる。

山腹を逆のの字に巻いて進む「元砲台道」を進むと、何か施設の基礎らしいコンクリートの構築物に遭遇。小さな建物だったのか、それとも大きな建物の土台の一部なのか、とにかく見えるのはテトリスの駒っぽい段々形状のもの。左写真は手前から、右写真は通り過ぎて振り返って逆方向から撮ったもの。

その他にも、施設の基礎の一部らしいものや、コンクリート製の溝などが見え隠れしている。危ないのは溝で、一度気付かずに足を突っ込んで転びそうになった。こんなところで脚でも折ったら、人は来ないし遭難必至。
そしてさらに踏み分け道を進むと……。

聴音所なのか、指揮所なのか、とにかく方形の建物跡。大きさは4メートル四方くらい? 道を辿って正面に入り口がある。ぱっと見はコンクリート製だが、近付いてよく見ると、破損した部分から、内部はレンガ積みであることが判る。側面下部には2カ所の小窓(通風孔?)があった。
この施設は山頂広場への道をやや外側に外れたところにある(と、先人の調査記録にある)ため、少し引き返して、内側に進む分岐を探す。半ば藪に埋もれた本道(らしきもの)をなんとか発見。そちらを改めて進んだのだが、落ち葉の重みで道筋に笹薮がかぶさってしまったりして思うように進めず、とりあえず今回はその先に進むのを断念して引き返した。この間、「夏に行くなよ……夏に行くなよ……」というhn-nhさんのツッコミがエンドレスで頭の中を流れっぱなし。
距離的にはもうほとんど山頂広場(の砲台跡)に近いところまで行っていたはずで惜しいとは思ったが、山頂に着いてもそちらも藪の中であろう(←すっぱいブドウ)ことを考えると、もう少し見通しがよくなりそうな冬季に再訪するネタとして残しておいた方がいいか、とも思う。というわけで、二子山山頂の先日発見できなかった遺構とともに、今度の冬に向けての課題とする。
●踏み分け道の入り口地点まで戻り、来たのとは逆方向、衣笠城址方面に向かう。逗子の小坪住民としては、源平合戦序盤、三浦(源氏方)と畠山(平氏方)による小坪坂の合戦に続いての衣笠城合戦の舞台となったところで、一度見たいと思っていた(とはいっても、近くに行って案内板を見て思い出した程度)。

1枚目は、砲台跡方面から辿ってきた道筋が人里に出たあと、衣笠城本丸跡へ上がる入り口にあった石碑(ケムシ付き)。2枚目は本丸があったと思しき平場。3枚目は本丸跡下にある大善寺門前の庚申塚。
そのあとさらに坂を下ってしばらく歩き、「衣笠城址」バス停(衣笠城址からだいぶある!)からJR横須賀駅行きバスに乗って帰る。途中、不入斗(いりやまず)のターチー模型が営業中なのを見掛けた。いつか一度行ってみたい気がする。
[かば◎の迂闊な日々軍事遺構]
6/8
02:20
かば◎
●6月6日はD-dayだが、個人的には別にどうということもなし。
●ここ1か月ほど、いわゆる「三浦アルプス」を集中的に歩く。
三浦アルプスは葉山の海に注ぐ森戸川の上流域を囲む山々だが、最高地点でもせいぜい標高200m少々(もうちょっと南にある三浦半島“最高峰”である大楠山でも241.3mしかない)。「なんちゃってアルプス」ぶりも甚だしく、本家アルプスどころか日本アルプスと比べてみても、本物の銀座と逗子銀座商店街以上の差がある気がする。
もっとも、逗子・鎌倉のハイキングコースの多くが、一度上ってしまうと尾根筋はあまりアップダウンが激しくなく歩きやすいのに比べ、三浦アルプスは(特にメインのルートとなる南尾根などは)ロープを掴んで上り下りする場所などもあり、「登山」とはいかないまでも、それなりにがっつり「山歩き」する覚悟で行く必要がある。一方で標高が低いのでそれなりに藪も濃いし(さすがにメインのルートで、道が消えるほどのことはないににしても、両側から迫っているような場所はある)、この季節だとヤブカも寄ってくるし蜘蛛の巣に引っかかることもある。
ルート概観はこんな感じ(「二子山山系自然保護協議会/二子山山系主要分岐図」)
昨春、東京湾要塞地帯標を目当てに、逗子の沼間から上がって北側尾根を歩くルートは二度ほど歩いたが(「東京湾要塞第一区地帯標(2018年5月23日)」「東京湾要塞第一区地帯標(2)(2018年5月27日)」)、今回は、5,6回に分けて、がっつりと南尾根を縦走(地図的に言えば西→東“横走”だが)したり、一度南尾根に上って森戸川林道終点に降りたり、再び北尾根を少し歩いたり。主要なルートはほぼ歩いたかも。
●そのなかで、葉山町長柄と逗子市桜山大山の境にある二子山(上ノ山)に二度ほど登った。「二子山」の名の通り、山が二つ隣り合っていて、東側の上ノ山は標高207.81m(頂上の三角点)。三浦アルプス一帯の山のなかでは高い方なのだが、中腹の「南郷上ノ山公園」から、山頂のすぐ脇まで車が通れる幅と傾斜の道があり(ただし、公園側の入り口にはチェーンが張ってあって一般の自動車は入れない)、周囲の山と違って、散歩感覚で登ることができる(実際、その道で犬の散歩をさせている人にも出会った)。
山歩きの案内などを見ると、この道を「砲台道」と呼称しているものを散見する(たとえば京浜急行の「三浦アルプストレッキングガイド」でも「砲台道」と記されている。地図の中心やや左)。ということは、頂上に砲台があって、この道は資材やら弾薬やらの搬入用?――と思ったら、毎度お世話になっているサイト「東京湾要塞」に、しっかり記載されていた(二子山高角砲台のページ)。
二子山は前述のように逗子市と葉山町の境にあり、「逗子市に存在した高角砲台」は、披露山の「小坪高角砲台」と、この「二子山高角砲台」の2か所。また、「三浦アルプス」一帯で考えると、ここのほかに「畠山高角砲台」「田浦高角砲台」がある。畠山山頂には昨年行っているが、この時は砲台があったことを知らなかったので、遺構の類は探していない(もっとも、そもそも目立つ遺構は特にないようだ)。
●そんなわけで、二子山砲台探訪録。
まずは国土地理院の地理空間情報ライブラリー、「地図・空中写真閲覧サービス」から、終戦直後の米軍撮影航空写真(1946年2月撮影、USA-M46-A-7-2-107)と、最近のもの(2007年4月26日撮影、CKT20072-C20-61k)との比較。

おおよそ同じくらいの範囲をトリミングしてあるが、方位は少しずれている。写真の右下が高角砲台のある二子山上ノ山山頂で、終戦直後の写真だと4つの砲台がほぼ直列に並んでいるのが確認できる。現況写真の中央が南郷上ノ山公園、その左側にあるのが南郷中学校。上縁を東西に走る道路は葉山の長柄と逗子の沼間(横横逗子IC)を結ぶ逗葉新道。「砲台道」は現況写真では植生に隠れてしまってかなり見づらい。
同じ現況写真だが、探訪写真との対応用に番号を振ったものを以下に。

二子山に登る場合、逗子駅からは、京急バスの「南郷中学校」行き(逗28系統)に乗るのが最も楽。南郷中学校は山の中腹、南郷上ノ山公園と隣り合っている。

写真1枚目。バス停を降りるとすぐ横が南郷中学校のグラウンド(上写真の(1))。道の先にはすぐに南郷上ノ山公園の入り口がある。戦時中の兵舎跡が中学校の元になっていたりしないのだろうか……などと思ったのだが、それは考え過ぎ。南郷中学校は1981年と比較的最近の開校で、終戦直後の空中写真ではこのあたりは田んぼのある細い谷戸に過ぎないようだ。

左写真は、南郷公園のトイレ脇からの上り口(上写真の(2))。車の通れる道幅だが、ご覧のようにチェーンが張ってあって進入禁止。それからしばらくは、右写真のようにコンクリート舗装の道が続く。

道が大きく右に曲がるあたりで、左に下る分岐がある(上写真の(3)のあたり)。終戦直後の空撮を見ると、もともとはこちらが「砲台道」の本道だったのではないかと思われる。一応、この道は今でも南郷トンネル入り口辺りに繋がっているらしい。この分岐の隣には、コンクリートのテーブルと椅子が据えられた平場がある。

同一か所、分岐側から現在の「砲台道」本道を見る。コックリート舗装はこの地点で切れ、この先は砂利道(ところによって砂利のない土道)になる。ただし、轍の部分をよく見ると、荒れたコンクリート舗装がところどころ残っていて、元は舗装がだいぶ上まで続いていたことが伺える。もっとも、その舗装が戦時中のものかどうかは怪しい。

途中、道の脇に数カ所開けた平場があり(上写真の(4)、(5)、(6))、東屋やベンチが作られている。もっともこれらも(終戦直後の空撮を見る限りでは)戦時中に何かの施設があった跡というわけではなく、公園整備の一環で整地されたもののようだ。

道が東北角で大きく曲がるあたり(上写真(7)近辺)に、コンクリートの構造物あり。もっとも、その中に作られた鉄板のフタの感じからすると、戦時中の何かではなく、後になって作られたもののような感じ。

明らかに“近年物”の擁壁や雨水用マンホールのフタもある。

一方で、戦時中のままらしい、素掘りの崖面もある。右写真はおおよそ(8)の地点で、左側に沼間方面および森戸川林道終点方面に行く分岐がある。前者は葉山・逗子境界の尾根を通って北尾根ルートへ。後者はこの先で右に折れて谷を下る。

「砲台道」は、上写真(9)のKDDIの中継施設に突き当たる。掲げられた看板は20年以上前の旧社名のまま。左側の(整備不良でガタガタになった)階段を上ると頂上広場に出る。もともとの砲台道は現在の中継施設を突っ切る形で、頂上広場の北側を通って緩やかに上り、4基並んだ砲台の中間あたりで頂上に接続していたようだ。なお、終戦直後の空撮で確認できる兵舎らしき大きな建物は、この写真のちょっと手前の左側一帯にあったと思われる。

頂上広場に小さな展望台と一等三角点があり、展望台の脇に、ミスドの「ポン・デ・リング」状の砲台跡がある(上写真(10))。写真は下ノ山方向から振り返ったかたちで、一等三角点越しに展望台と砲台跡を撮ったもの。左の木立の向こうに、先の写真にあった階段の登り口がある。前掲の終戦直後の空撮写真と比較検討すると、4つあった砲座のうちの東端のものであると考えられる。残りの3つは(この写真の位置からすると)撮影地点の背後の林の中に埋もれてしまって、とりあえずパッと見た程度では確認できない。

一等三角点と、展望台から北方向(横浜方面)の眺望(かすんで見づらいが、左端にランドマークタワー、右端近くに八景島シーパラダイスが見える)。現在は木に覆われてしまって視界が遮られているが、戦時中はほぼ360度眺望が開けていて、西側に相模湾が見渡せたはず。ちなみにここは東西方向で相模湾、東京湾のほぼ中間にある。一等三角点は神奈川県内に8か所あり、三浦半島ではここが唯一。

砲座のクローズアップ。披露山のようなベトン(コンクリート)製のきっちりしたものではなく、少なくとも現状は土塁のみ。周囲の土塁の高さは一様ではなく、前述のように「ポン・デ・リング」状に波打っている。窪んだ部分には砲側の弾薬置き場があった(例えばコンクリートの箱状のものがあって、それを取り除いた痕跡?)などとも考えられるかもしれない。
また、特にほぼ真北の窪みは特に低く(写真3枚目)、砲座への出入り口があったのかもしれない。ちょっと曲線が胸の谷間みたいで艶めかしい。
写真4枚目は脇に立っている展望台上から見下ろしたもの。小さな頭が赤い杭が立っているのがほぼ中心。コンクリート製のプラットフォーム等はとりあえずこの状態では存在が確認できない。
国立公文書館・アジア歴史資料センターで検索・閲覧できる「横須賀海軍警備隊 砲術科兵器目録」(終戦後の引渡目録。直リンで開けない場合には、資料センター表紙の検索窓に資料名を入れれば出てくる))によれば、ここ二子山高角砲台に据えられていたのは、「十二糎高角砲」(単装)4門。少なくとも同資料には年式等は記されていない。コンクリート製の台座などが確認できないことから、例えばドイツの8.8cmFlaKのような移動用の砲架を持った対空砲が考えられるが、日本海軍にその手の砲(砲架)があったのかどうか、日本軍の兵器に疎い私にはよくわからない。とりあえず、同資料で確認できるこの砲台の配備は、
  • 十二糎高角砲 4門
  • 二式陸用高射器 1基
  • 九七式二米測距儀 1基
  • 弾薬数 632発
  • 九六式一五〇糎探照灯 1基
  • 二十五粍二連装機銃 1基
  • 十三粍二連装機銃 3基

草刈りされた砲座の東側は緩斜面になっており、そちらからはかなり土塁が高く見える。木立の向こうは、先述の砲台道突き当りにあったKDDIの中継所の通信塔。
サイト「東京湾要塞」によれば、二子山下ノ山方面に少し行った脇の藪の中にコンクリートの構造物(柱が二本)が残されているというのだが、藪の中を覗きこみながら、何度か行ったり来たりしてみたが、発見できなかった。もうちょっと藪の奥まで見通せる冬季に改めて来て確認したい。なお、このコンクリートの構造物は、「東京湾要塞」では探照灯の台座としているが、形状的には武山の砲台山にあった、計算所(の中にあった計算装置?)の台座とされているものと似ている。

なお、米軍空撮写真を見ると、上ノ山から西(写真で左方向)に細い道を辿った先、二子山下ノ山の頂上にも何やら小さな設備が置いてあるように見えるが、現状、下ノ山の頂上は森に覆われていて、何があったか等は確認できない。左写真のように、立ち木に小さな表示板が取り付けてあるので「ああ、ここが頂上なのか」と判るだけ。頂上西南側にちょうど砲台くらいのすり鉢状の窪みがあるが(藪に覆われて見づらいが右写真)、大きさはどうあれ、かなり深いので銃座とかの跡ではないような気がする。ただし、この窪みから西方向には、窪みへの出入り口のような掘割があるようで、何らかの人工のものである可能性はありそう。
ちなみに、上ノ山までは先述のように「お散歩感覚」で砲台道を歩くだけだが、上ノ山から下ノ山、さらにその先の阿部倉山へは、かなりアップダウンのある細い山道を歩くことになる。歩く人も少なそうなので、夏は藪漕ぎの覚悟も必要かも。
[かば◎の迂闊な日々軍事遺構]
5/7
09:30
あおこ/くま
明日からホビ-ショ-です。 今回は1日早い開催となりました。 どうなりますか、、、  青島さんの定番商品に 1/48リモコンAFVがあります。 おかげさまでロングラン商品となっていました。 しかし、ここにきて、どうしても価格を上げざるを得ない 事態になってきました。 中の基板やリ-ド線を束ねる業者さんが、 高齢でしかも、跡継ぎがなく、 仕方なく他の業者さんに依頼することになります。 さらには、キャタピラの製作業者さんも廃業の方向です。 困りました。なんとか、やり繰りしていますが、 どうしても価格を2300円に上げさせていただくことになります。  新しく基板を作り直し、これまで、単三電池4本使いが 2本使いになります。 ものつくり大国日本などと言っていますが、 現場はこんな状態です。 高齢化と後継者不足、、、、。    箱デザインも変わります。 シリ-ズ構成もかわります。 N0.1 10式戦車 N0.2 90式戦車N0.3 74式戦車 N0.4 タイガ-I戦車etc....売れ筋を先頭に構成しなおしています。 ということで、リニュ-アルします。      遠藤ミチロウ氏が亡くなりました。 令和になっての大ショックでした。 昨年、我が町に来ました。 アコ-スティックライブをしてもらいました。 福島出身でやはり、浜岡原発には強い関心 を持っておられていました。  「ザ・スタ-リン」はロンドンパンクを 日本的に消化した最高の楽曲でした。 今でも、「STOP JAP」「虫」「ベトナム伝説」 は最高傑作と思います。  くやしいですね。くそったれ!!       
5/5
15:26
あおこ/くま
令和1発目のくまぶろぐ!皆様GWラストスパート如何お過ごしでしょうか? 前回から連続の新人Bでございます。 3回に渡りご紹介してきた16式機動戦闘車最終回はオマケアイテムのご紹介です! 
↓↓特設ページはこちら↓↓
http://www.aoshima-bk.co.jp/special/article/4905083056844/
↓↓前回記事はこちら↓↓
https://ameblo.jp/aoshima-kumablog/entry-12457034445.html
(※以下の画像は全てテストショットの物となります)
 今回ご紹介するのは偵察隊や情報隊の頼れる相棒!現行の偵察用オートバイです!   こちら現行の偵察用オートバイを再現しております!(1/35含めプラモデルでの立体化は恐らく初かと…) 正直1/72でバイクを作るとかなり大味になるのでは?なんて思われてるかもしれませんが侮るなかれ!きっちり他アイテムと釣り合いの取れる精密さですよ! まずはランナー状態をご紹介しましょう。  初見では度肝を抜かれるパーツ分割かもしれません。しかしコレが思った以上にサクサクと組めてしまうのです。  フィギュアのランナーもキッチリ付属!このランナーで走行姿勢/待機姿勢、そして立ち撃ち姿勢の計2体が作れます。  組み立てた状態のバイクがこちら、ご覧の通り一見スケール感覚が狂う精密さ!  見ての通りタイヤのパターンまでキッチリ再現しております!ツルツルタイヤだと興醒めですもんね…  後ろの無線機は装着された状態を再現しています。因みにスタンドはご自由に位置決めができる仕様ですよ~!  リアの佇まいも的確に印象を捉えております。  側面もパシャリ!エンジン部も細かく彫刻を施してますよ!   そして今回の偵察用オートバイ最大の売りがこれ!走行中の立ち射撃の再現です!!!!!(腕の穴はテストショットのヒケですのでご容赦を…)  ご覧の通り89式には薬莢受けが付いています!実はこの仕様は本シリーズ初立体化となります。複数買いして演習シーンの再現なんて如何ですか?  以上、3回にわたってご紹介して参りました『16式機動戦闘車 即応機動連隊』ですが確実にご入手頂くには事前予約をおススメします! 『プラモデルだし出てから買えばいいや… 』なんて思わずに今すぐ小売店様へGO!! また本製品、5/11.12の静岡ホビーショーで展示予定!私もブースにおりますので是非ご意見お聞かせ下さい♪ もしかしたら会場発表新製品なんかも?  それでは皆様、残りのGWも楽しくお過ごし下さいませ!        
18 9/2
17:32
たれぱ
ひさしぶりの更新です
先輩から頼まれたものです
まあ、ほぼ素組なんで自慢できる点はありませんが、ヘリ格納庫内部はそれらしくでっち上げましたww
なかなか作りやすく工夫されたキットでした

[その他趣味]
18 8/5
13:47
マイロン

A12の方は操縦手席のバイザー周辺、八九式は足回りと胴体の接合部に手を加えた。
A12のこの辺は鋳造のため、割とR面取りが多くて、写真とか動画見ると佇まいが変って見える。
ザックリした車体のリベット接合と板厚寸法の入った図が基なんで、この辺は写真がベース。
まー遠からず、近からずといったところか。
八九式もそんな感じなんだけどね。自衛隊の実車写真は撮ったけど、接合部は見えない。w
あ、鵜来もすこし進めてみた。爆
「こじま」ですっかり忘れ、どこまでやったんだっけ状態。

戦車と比べると艤装は多いし形状複雑だし、何より面倒くさい。爆
小型の海防艦なんだけどね。
パース付きの簡易レンダリングだとこんな風。あー舷窓も開いてないなー。

普通のパースなしモデリングをキャプチャするとこんな。

やっぱパース付きの方が見る分には格好よく見えるな。
で今回付け足したのは方位測定所の天井の通気筒、艦橋後部付近の発電所通気筒とアセチレンガス発生器、爆雷発射箭だけ。

ボートデリックと舟艇関係が全く手つかずだね。
付いちゃったら、この辺は全く見えなくなっちゃうんだけど。爆


[模型・プラモデル]
18 8/4
13:48
マイロン


車体形状、特に前部のボリュームがありすぎたので、上部の傾斜を緩めに。
そうしないと車体上面の装甲と前部の傾斜の差が小さく、色々と寸法的に余裕がないとかなんとか。
あと砲塔も、防楯周りに手を入れる。
なんというか砲塔の高さと砲身の細さのギヤップが面白い。
足回りは、ラジコン化したときに見えないけど実車同様の構造とする。
八九式は板バネだけど、こちらはコイルなので金属スプリングで可動させられそう。
色はモチベーション上がるようにそれっぽくしてみた。w

[模型・プラモデル]
17 9/22
23:12
のらくろ軍曹
最近、年齢に逆らうべくウエイトトレーニングなんぞ始めた、のらくろです。
今週末にエイブラムスが発送ですねー。
ちょいと前にポチしましたので届く予定です。
もちろん10式の中身を移植してフルオペ化の予定で準備万端であります。
ギアボックスの可動試験で加速の悪さにビックリしますが。。
これはこの特性をカバーする戦法を編み出さねばならないですね。接近戦も増えてきたことですし。
さて楽しみです。
[1/16 M1エイブラムス]
17 5/7
02:06
のらくろ軍曹
最近、40歳が見えてきたせいか、腰をすえてゆっくりプラモを作れるようになってきた、のらくろです。
待望のバレンタインが出ました。タミヤフェアで発表されてから、まさかの5ヶ月待ちでした。
2月だと期待してたんですがね^ ^
4月からクロムウェルの出来損ない戦車であるセントーをフルオペ化するべく作っております。
10式の旋回ユニットの台座、T34の起動輪の部分移植、シャーマンのスピーカーユニットなど既製品を流用して作っております。
T34と全く同じ幅で、なおかつ、角ばっているので内部面積的には、それなりに余裕があり意外にも改造初心者向けなのかもしれません。
ディスプレイキットの改造はJS2以来ですが、JS2よりスンナリきています。既製品が
ぴったりくる幸運に恵まれたとゆーか。
バレンタインですが、こちらは既製品が全く普通には収まりません。
車体底、車体天板いたるところが傾斜しておりクロムウェルの真逆です。車体幅もシャーマンよりはるかに狭く、ギヤボックスも並べて収めることは出来ません。
また履帯はベルト式ではなく、1/48のような接着組み立て式で、可動履帯を用意しないと試走すらできません。
唯一、可動化に関して恵まれているのは、転輪を可動化させやすく一つの転輪が表裏の二分割にパーツ割りされていること、サスペンションユニットが固定用ピンをカットするだけでシーソー式に動くようになっていることでしょうか。
簡単に丈夫に組める一方で少し手を加えれば可動サスペンションに改造しやすくなっている設計には、見事なタミヤの仕事が垣間みえます。
いづれにせよ、ギヤボックス、旋回ユニットなど既製品のギヤのみを移植したオリジナルギヤボックス、旋回ユニットをつくらねばならないでしょう。
2pd砲も細くて、ファイバー通せないでしょうし、悩みはつきません^^;
しかしバレンタイン戦車ってことで意欲が湧き出てきます。
1台目はディスプレイで組み立てたので、2台目はフルオペ化の工作に取り掛かります。
では。
[バレンタイン戦車]
17 4/22
14:32
鶴亀
[画像]
戦車長を塗ります。ベースホワイトを塗り、顔を肌色で塗ります。
[画像]
顔をマスキングしてカーキ色で全体を塗ります。
[画像]
エナメル塗料で迷彩を書き込み。
[画像]
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ゴーグルも塗ります。
[画像]
17 4/21
19:20
鶴亀
自衛隊戦車を作りました。
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履帯はオキサイドレッドのサフェーサーを吹いてから金属色塗装するとそれらしい感じになります。
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その上に泥をなしぐりつけていきます。見えない所は省略。
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マットジェルに鋸クソを混ぜて色を付ければ泥の完成。
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所々に銀色で金属色塗るとリアルになってきます。
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ホイールにも塗っておきます。
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足回りの泥汚れが出来ました。
16 6/28
01:04
のらくろ軍曹
最近、40歳がみえてきたせいかウォーキングとジョギングを始めた、のらくろです。
いつかはあるなぁーと思っていたラングがきましたねー。
去年出た1/35同様の後期型かと思いきや、まさかの前期型。鋼製転輪なし、マフラーは横型と昔の1/35のラングを彷彿とさせます。
徹底してパーツを共用することを考えると次は
JSU122Sかなーと。
車体下部はJS2のまんま。砲身はJSU152じゃなく122SならJS2の砲身も共用できる。
これですよ。
予想が外れてE8とか出たら嬉しいんですがね。JSU122Sとかヤクトパンサーは砲身バラさないと箱に入りませんf^_^;
ちなみにラングは70口径の長砲身が品切れになると時期にかかわらず48口径が装備されたそうです。
タンクバトル的には短い48口径のほうがいいですねー。
あと、姿勢が低いことで赤外線発光の位置が低いはずです。1/35を参考に計算すると、11センチくらいになるようで、タミヤフェアで設置されている、高さ9センチの青い間仕切りを赤外線がスレスレに越えるという危うさもあります。
0距離の場合、ギガント、場合によっては、シャーマン、ブルムベアなど車高の高い戦車にヒットを与えることができないこともありえます。
さて。吉と出るか、凶とでるか。。。10式もナカナカ低かったですがね。。
私的には、JS2のゴツゴツ鋳造装甲がまたマイブームきてます。
ま、4号戦車が一番似合うらしいんですが。
次のミーティングはラング発売前の8月ですかね?
[ラングにみる次の発売予想]
16 1/10
09:05
みずよん
すっかりご無沙汰。

夏の終わりから年末にかけて丸4か月、ゼネラルプロダクツ製ペーパークラフト「東宝自衛隊 メーザー殺獣光線車」を作っていました。
購入したのはなんと30年前、本棚でじっくり熟成していました。ふとしたきっかけで作り始めたのですが、完成に合わせてTwitterに投げていた製作状況をTogetterで纏めてみました。
「完成品は日本に10台」「製作不可能」「死屍累々」などと言われていましたが、いや~、やればできるもんなんですね~(^^)

ペパクラ1/48メーザー車を製作


というわけで、若干手抜きの今年最初の更新となりましたが、本年もよろしくです。

[模型]
15 11/19
23:22
のらくろ軍曹
最近、チャラ男からチャラおやじになったせいか、子供を深夜に連れまわす親にムカっとくる、のらくろ軍曹です。
去年、ディスプレーキットを購入し、ゆっくり作って中身待てばいいじゃん^o^
くらいに考え、中身が届いたのが、10月で、完熟訓練で出た解答とゆーか感想は
ビュードドドドと急発進したときに反応が遅い。→ヤベー!!撃たれる!戦車後進!!のときに超不利。
4分割されてる転輪が割れまくる。→ABS接着剤でつけるんだよーん、と教えてもらい、やってみたところ、おーいい感じだなーありがたや、ありがたや。と一件落着かと思いきや、猛訓練のあと、出撃前検査で、3つ危ういのが発見。
オプションでゴムつき欲しいですね。履帯には、二つ小さな穴が空いていて、なにかゴム付き履帯の発売が匂いますが‥。
あと、音はいいです。今回はちょっとボリューム控えめな機能となっていて、爆音とはいかないですが、サイレンが鳴ったり、発電エンジンだけモードなど、コリに凝っております。←ただし、バトルには使えない。車体は動かず、砲塔だけ動くんです。
そして、砲塔の後ろの籠がデカイ。砲塔を横にして走るのに邪魔でしょうがない。
ただし、墨入れしてきづいたのですが、いたるところに、溶接のモールドがちゃんとしてあって、プラモデルとしての完成度はかなりのものです。
最初は、厄介モノ扱いしていたんですが、自衛隊の戦車とあっては邪険にもできず、ちょっと腰を据えてモノにしようと、操縦方法を変更して、1/35の操縦法にしたり、戦術を見直したり、泥沼化しております。
ではでは。
10式迷走日記]
15 10/11
19:20
なでぃりん
タミヤのイージーエイトのレビューを書いた時に、「CFM製砲塔は国内に現存してない模様」などとろくに調べもせずに書いたら大間違いだったという顛末…w


今日の昼間にリツイートされてきたこのツイートに写っている個体がどうもCFM製砲塔を載せているように見えたのが発端。


「え、玖珠の駐屯地にイージーエイトが残ってるの? 全然知らなかった…」というわけでググってみたら、こちらのブログが引っかかりました↓
玖珠駐屯地に展示される陸上自衛隊M4シャーマン戦車
これはどう見てもCFM製砲塔、しかも同軸機銃がM2機銃っぽくなってるところも興味深い。もしや現役当時もこんな改造を施して運用されていたのでは?と想像するのもまた楽しい。
しかもこの個体、よく見るとスプロケットも初期によく見られた肉抜きのあるタイプで、イージーエイトとしてはかなり珍しい仕様になってる。HVSSの取り付け基部を見てみたい気がする、場合によってはM4A3(76)wからの改造だったりするかもしれないし。タミヤとタスカ(ASUKA)のイージーエイトが全く同じ仕様になったのは、同じ個体を取材したせいだと思われけど、多分それは富士学校に保存されてる車体だと思うのね。で、他の施設にも現存するのではないかと思っていたところにブリキヲさんのこんなツイートが流れてきました。


これを頼りにググッて見た画像検索の結果がこちら
玖珠シャーマン
富士学校 シャーマン
土浦 シャーマン
防衛大学 シャーマン
こうして比較してみるとASF製砲塔が2個体、CFM製砲塔が2個体とちょうど半々になってるのね。で、どうもタミヤとタスカ(ASUKA)が取材したのは「地元静岡、富士学校に現存する個体」だった模様。そりゃ仕様が全く同じになるのは当然だよねw でも、なにも九州は大分の玖珠まで飛ばなくてもお隣の神奈川県の防衛大学にCFM製砲塔を載せた個体が現存してるんだから、タミヤにはこっちを取材して模型化して欲しかったなーと「事実を知った」後知恵で思うなどw
今後自衛隊仕様なども模型化される可能性ががあるが、その時にCFM製砲塔を新規金型で起こしてもらえるようにするには、まずは今回のイージーエイトがバカ売れせねばならないと思うので、これはお布施するしか無いよね?w
[シャーマン戦車]
15 9/22
23:59
のらくろ軍曹
10式の余韻も醒めぬまま、操縦基板も届かぬまま、タミヤフェアの季節が近ずいてまいりましたm(_ _)m
そろそろ、1/16の新作がチラッと漏れてもいい頃ですが‥。
本命がシャーマンE8
大穴でスターリン3
空前の大穴で、マーク4かな、と。
[フルオペ次回作予想。]
15 8/31
08:51
謎だ!Ohara
あいにくの空模様でしたが、無事開催
ここ数年は、水ものオフの使い回しで
クラウンの伊勢 大和 新作なのはニチモ30cmの武蔵
成績は、S-1速い方3位 フルハル遅い方3位だったかな?

ヒロさんの3回目くらいの改装後

スプリンガータグが今年の流行?

Morizouさんのスケール感たっぷりのボート群

ワンフェスで見た 97式戦車も水上走行?!

ではまた来年お会いしましょう!
15 5/31
07:34
謎だ!Ohara
約半年ぶり?のRCタンクオーナーズミーティング
タミヤ プラモデルファクトリー 新橋店
2階 モデラーズスクエア
http://www.tamiya-plamodelfactory.co.jp/shimbashi/
今回は、最新の10式が、何台集まる?!

90や74も

25分の一 デラックス戦車シリーズとか なんか短いのとか・・


10式VS10式で 転落事故が!!!
次回は30回記念です!
14 7/26
09:53
ヒロ。
タミヤ 1/35 Mk.Ⅳ シングル・モーターライズドモデルです♪

これをフルオペ化します!
ドナー?はフルオペ・シャーマン・・・

ギヤボックスは
アナ1個開けるだけで
ピッタリ!!

転輪を組んで

メカを移植
電池ボックスだけ、10式用だったりします!
でもって
走りは

こんなかんぢ( ̄▽ ̄)b
[その他趣味]
13 12/25
23:40
のらくろ軍曹
最近、チャラオヤジになったせいか、映画、永遠のゼロを永遠のエロとか言っちゃった、軍曹です(^^;;
いゃあぁー寒いですね(~_~;)
また塩麹鍋が恋しくなります(((o(*゚▽゚*
10式はとりあえず速いけど、土手登らない、砲塔デカすぎて狭い場所が苦手ってわかったんで、またシャーマンでも作りこもうかと^^;
短砲身の105ミリ砲が4ミリの透明丸棒が入るのがわかったんで、それを始めました。
ボールペンのバネでサスペンション動かしたりと、今回こだわってます(*^^*)
1/16のシャーマンもいいなぁ(((o(*゚▽゚*
トカ。
妄想しております(((o(*゚▽゚*)o)))
永遠のゼロを公開日に見に行きましたが^^;
うーん
うーん
泣けなかったッス^^;
ゼロ戦は無茶苦茶カッコ良かったですが(((o(*゚▽゚*)o)))
来月は1/32のゼロ戦作ってみようかなぁ( ^ω^ )
とか
さて、来年は何が出るやら(^.^)
ではm(__)m
[永遠のエロ]
13 11/23
09:58
ヒロ。
タミヤ1/35フルオペ 10式 です♪

早速組み立てますが
意外と中が小さい!

そのため
ギアボックスはシャーシー組み込みになっています!!

コレ組むの
結構大変でした!?
で、
とりあえず
動くところまで組んで

走行テスト♪

今までとは
段違いの動きです!!
せっかくなので
スピードを、完成品のパンターと比較

速い!
速いぞ!!
かなりイイかんぢです!!!
・・・・( ̄▽ ̄)♪
[その他趣味]
13 7/31
23:40
くじさん
じゃあさんと師匠のRCタンクや、JUNKEIさんのおかげで見ることのできた例のビデオで、すっかり自衛隊車両の虜になっている私!
コンビニで見つけ、ついつい買ってしまいました!
UCCの缶コーヒーについていたおまけ! 残っていたのはこの2両。モールドもしっかりしていて超かっけええ!
でも、よく見ると61式の特徴的なマズルブレーキがタテに!
made in 〇〇・・・。
わざとか! わざとなのか!?・・・(笑)
[衝動買い♪]
09 2/15
21:17
かのー
冬の間に作りました、F-15Jイーグルです。
ハセガワの古いキットですが、最近空対空ミサイルのパーツがついて再販されてます。これはデカールも美しくてよいです。アイリスカバー無しのエンジンノズルのパーツもついてたらもっと良いのですが・・・。その部分は以前買ったもののエンジンノズルを流用してます。

こちらにも画像を載せてます。よろしかったらどうぞ。
[模型]

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