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時系列順ブログ記事(対象記事数:657)
7/10
21:45
かば◎
●逗子市立披露山公園、元・小坪高角砲台レポートの続き。
ちなみに(前回書かなかったが)、この披露山山頂は現在の住所で言えば「逗子市新宿」であって「逗子市小坪」ではない。それがなぜ「小坪砲台」なのかと言えば、昭和18年まで新宿は小坪の一部(東小坪)であったため。
●入口から数えて2番目の砲台跡である展望台(前回現況航空写真の(6))。

ただし前述のように、小坪高角砲台には3基分の砲台跡があるものの、実際には12.7cm連装高角砲は2基しか配備されず、この展望塔になった場所には、探照灯か測距儀か、要するに高射砲の「周辺機器」が据えられていたらしい。
ちなみに小坪高角砲台は日米開戦前に建設されているが、なかなか砲は配備されず、一度決まった砲が軍艦に回されてしまったりして(もともと12.7cm連装高角砲は艦載用途なのでそちらが優先されたものか)、実際に配備されたのは1942年6月になってからだった由。その2カ月前にはドーリットルによる日本本土初空襲があったから、それを受けて慌てて配備したのかもしれない。
さて、展望台は中心の太い柱で支えられ、その柱の両側に螺旋階段を添わせた形状。展望台下の崖側はウッドデッキ(左写真で奥側)、反対側(階段入り口側、左写真で手前側)はコンクリートで地面と同レベルになっているが(階段手前はさらに一段高かったかも)、北側(左写真で右側)一部だけは一段窪んでいる。この窪みの外周が、猿舎と相似の傾斜面になっているのは、hnさんの記事を読んで改めて気付かされた部分。
展望台階段脇には(東日本大震災後にあちこちに掲示されるようになった)標高掲示があり、この地点(おおよそ山頂広場全体)が92.5mの高さであることが判る。

展望台に上らずとも、この展望台下の崖際は披露山山頂広場の中でも見晴らしのいいポイントのひとつ。暑い日の午後、もやっているうえに逆光なのでこんな感じだが、時刻や天候、季節によっては、正面の江の島の向こうに富士山が綺麗に見える。
もっとも砲台の立地として考えると、手前の(現在の披露山庭園住宅の)高台に遮られて小坪湾は見えず、右手中景に出っ張った飯島崎のために鎌倉湾も見えない(さらにその向こうは稲村ケ崎)。もともと12.7cm連装高角砲(四十口径八九式十二糎七高角砲)は対空・対艦両方に使える両用砲として作られたものだそうだが、仮に山頂西端にあるこの場所に砲が据えられていたとしても、こちら側の海からの侵攻への対処は考慮されていなさそうだ(そもそもほとんど俯角が取れないすり鉢砲座になっている時点でそうだとは思うが)。
ちなみに飯島崎の崖面には、まさに対艦の防衛用として、洞窟型の「西小坪海面砲台」が作られていた。この洞窟砲台では、終戦後、地元の子供たちが入り込んで遊んでいる際に未回収の弾薬が爆発、14人が死亡、23人が負傷する事故が起きている。これについては以前にも記事にしている。

上2枚は展望デッキの写真。
砲台とは関係ない話だが、デッキ外周の壁が外側に向かって広がる形に傾いているためなのか(加えて、天井が中心に向かってわずかに下がっていることも関係しているかもしれない)、この展望デッキは、「常に自分がいる場所が一番高く、反対側に向けて床が低くなっているように感じる」という、非常に不思議な感覚というか、ある種のだまし絵的不安感を抱かせるものとなっている(最初は、「あれ? この展望台、もしかしたら傾いてる?」と思った)。写真ではうまく伝わらないだろうし、もしかしたら、たまたま私がそう感じただけなのかもしれないが。
もちろん、展望デッキに上がって、遠くの景色を眺めて「うわー綺麗だねー」と言ってすぐ降りてしまえば気付かないままだと思う(それが本来の用途ではあるが)。もし披露山公園においでになる機会があったら、展望台に上って景色とは逆に柱側を向いて確認してみて欲しい。

花壇および猿舎は、直径12mの「コンクリートのすり鉢」の外側はそのまま地面だが、この展望台だけはさらに1m幅くらいにコンクリートが打ってある。よく見ると、コンクリート表面に点々と穴を補修した跡があり、すわ、機銃掃射の跡か!?と思ったのだが、よくよく形を見ると、どうも犬の足跡のようだ(あるいはもしかしたらタヌキ?)。コンクリートが固まる前に迷い込んだものか。
展望台から落ちる雨水などで周囲がぬかるまないようにとか、そんなような理由で展望台建設時、あるいはその後に追加で打設されたものではと思う。
●3つめの砲台跡である猿舎(前回現況航空写真の(7))。……ようやく!

先述のように、コンクリートで作られたすり鉢状の構築物は、ほぼ当時のまま。その上に、ドーム状の金網と、金網から1mほど?離れて柵が設けられている。

猿舎内は2m程度すり鉢状に掘り下げられており、斜めになった周囲の壁面には弾薬の仮置き場か、四角い壁龕が並んでいる。
これまではボンヤリと「要するにこういう形に作った猿舎なんだな」という先入観で見ていただけだが、実際、他の場所の遺構の写真と比較しても当時の高射砲陣地の形状をほぼそのまま残しており、猿舎内も、目立つ変更点は南西側に作られた猿山と中央の水飲み場、さらにその中央の檻の支持柱程度。
自分の立っている側の壁面は見えないので(しかも猿舎の間近に立っていると、この暑い季節、結構匂いがきついので)念を入れて数えてはいないのだが、壁龕の数はおそらく8つ。ただし、8つの壁龕は45°の等間隔ではなく、階段とその隣の四角い小檻のある部分の左右の壁龕は離れていて、その分、他の壁龕間の間隔は45°より狭くなっているようだ。上写真でも、よく見ると一つ置いた壁龕間の角度は直角には足りていないように見える。(8/8追記。これはどうやら勘違いだったようだ。補足記事参照)

この小檻の中の構造に関しては、たまたま猿の飼育員さんがいて聞くことができた。檻の奥は壁龕よりもずっと大きな空間(地下室)になっており、「外に出ている檻の2倍くらい奥行きがある」由。猿舎としてわざわざ小檻を作った理由は聞き忘れたが、小檻の扉は通常は開放してあり、暑い日には猿が地下室に入って涼んでいることも多いそうだ。
砲台当時の用途は、警戒態勢時の兵員の詰め所、もしくは銃爆撃の際の避難所かと思うが、私にはよく判らない。
なお、「すり鉢」周辺は基本は土の地面だが、この小檻(地下室)の入り口付近の上だけは若干コンクリートが露出している。hnさんがレポート前編で引用しているほぼ同形の砲台の戦時中の写真(山口県大津島高角砲台のもの?)では、この「控室」は天井がないので、ここも戦後に天井を被せて地下室化した可能性はあるかもしれない。

猿舎内に降りる階段。階段そのものは砲台時代のままのようだが、扉は階段の約半分の幅しかない。猿舎を囲む金網の下にはコンクリートの脚(土台)があるが、これはすり鉢状の砲台の構築物の上に、金網を被せる際に継ぎ足して作ったものと思われる。このコンクリートの脚は、階段部分も(扉の直下を除いて)コの字に囲んでいる。

中央の現・水飲み場が、もともと高射砲の砲架が据えられていたところで、元は前回冒頭に貼った猿島の台座跡のように砲据え付け用のボルト列があったのではないかと思われる。
hnさんは「底の部分にコンクリートが全面に敷かれてるのは、戦前にはなかった仕様。」と書かれているが、ここ以外の同形式の高角砲陣地遺構の例を見ても、ある程度広い面積でコンクリート床になっていたのではと思われる。右写真には、水飲み場の外側に何かを取り外したような、鉄製の輪が埋まっているのが確認できる。砲台時代からのものである可能性があるが、正体は不明。
●付け足しのあれこれをあともう一回続ける予定。
[かば◎の迂闊な日々軍事遺構]
7/9
16:48
かば◎
●逗子市西北端に近い披露山の山頂一帯は市営の披露山公園として整備・公開されているが、ここはかつて海軍の高角砲陣地であり、円形の花壇・展望台・サルの檻は高角砲の台座を流用している。
――という話は以前から何度かここで話題にしているのだが、これに関し、hnさんがブログで面白い探訪・考察記事を上げていて、改めて興味をかきたてられたので、8日土曜日、散歩がてら出掛けてみた。
●そもそも「高角砲(高射砲)の台座を流用」といったところで、花壇・展望台・猿舎に作り替えるために掘り返してしまい、当時の名残りというのはせいぜい「円形であること」程度なのではないか……と、ずっとボンヤリ思っていた。
要するに、元の状態として、横須賀・猿島の高角砲台座のような状態を思い浮かべていたのである(下写真)。ちなみに、終戦直後に書かれた横須賀海軍警備隊「砲術科兵器目録」によれば、据えられた火砲は披露山(小坪砲台)も猿島も同じ12.7cm連装高角砲(正式な名称は四十口径八九式十二糎七高角砲)であったらしい。なお、猿島要塞探訪記についてはこちら

しかしhnさんの記事によれば、特に猿舎は、ほとんど当時の高角砲陣地の原型をとどめているのだという。
猿舎はすり鉢状に2m近く窪んでいて、コンクリートの壁面には8カ所?の壁龕があるが、これは弾薬仮置場ではとのこと。hnさんが紹介しているこちらのサイトでは、山口県にある高角砲台跡(および当時の写真)が載っており、確かに披露山公園の猿舎内と瓜二つ。
これに関しては私が繰り返すよりも、hnさんの考察記事を読んでいただく方が早い。
披露山公園、あるいは小坪防空高角砲台(前編)
披露山公園、あるいは小坪防空高角砲台(後編)
実際にどのような感じに砲が据えられていたのか、hnさんは簡単に図面も起こされていて、これも判りやすい。
改めてウェブ上で披露山の高角砲陣地について検索すると、猿舎がほぼ砲台の原型を保っていることについて言及しているところもいくつかあり、私がそれらを読み飛ばしていただけだった。迂闊。
●そんなわけで、改めて撮ってきた写真を中心にあれこれ。その前におさらい。
以下は逗子市西北部の航空写真(国土地理院地理空間情報ライブラリーの「地図・空中写真閲覧サービス」、2014年9月撮影のCKT20141-C5-8より切り出し・加工)。

中央やや右の黄色矢印が披露山公園、中央下のオレンジが大崎公園(後述)、左端上のピンク矢印が西小坪海面砲台跡。
その他の大まかな説明をしておくと、右下の砂浜が逗子海岸。中央の小判型の住宅地が、逗子のビバリーヒルズ的高級住宅地である披露山庭園住宅。他と比べて1軒ごとの建物のスケール感がちょっとおかしい。大崎公園左上が小坪漁港で、その隣の埋め立て地が逗子マリーナ。写真左上端にある岩礁のようなものが、鎌倉時代に船着場として作られた和賀江島
下は、披露山山頂付近のみを切り出し拡大、終戦直後の状態と現在を比較してみたもの。写真は同じく国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」からで、終戦直後のものは1946年2月に米軍が撮影したUSA-M46-A-7-2-84、現況は上写真と同じCKT20141-C5-8より切り出し・加工。

前述のように、高射砲の台座は3基分作られたのだが、実際の砲は2基しか配備されず、現在展望台になっている場所には測距儀か何かが据えられていたらしい。実際、上写真でも、真ん中のマルは上下とちょっと違って写っており、いくぶん窪みが浅いようにも見える。
●山頂の北東側、一段低くなった平場は、現在駐車場として利用されている(上写真(1))。終戦直後の写真に写っているように、この場所には、もともと兵舎と思しき大き目の建物があったらしい。

駐車場の東側突き当りからは細い山道があり、その先には憲政の神様と呼ばれた尾崎行雄(咢堂)の旧宅「風雲閣」跡がある(その向かい側は三文文士の元東京都知事邸だ)。これを記念して、駐車場中ほど北側には、尾崎行雄の記念碑が立っている。
駐車場の南側からも浪子不動(高養寺)に降りる山道があり、ハイキングコースの案内板が立っている。駐車場からこの道筋を少し降りたあたりに数カ所、コンクリートブロックでふさがれた横穴がある(上写真(2)のあたり)。高射砲陣地用の弾薬庫だったのではと思われるが詳細は不明。この2枚の写真は1年半ほど前に撮ったもの。

駐車場から山頂広場に向けてゆるいスロープになっており、その中途にもコンクリートでふさがれた横穴跡のようなものがある(上写真(3))。

これも弾薬庫だったのか、それともこの上にも監視所・指揮所関連の建物があったようなので、その地下室と連絡していたのか。
スロープを登った右手には現在レストハウスがある(上写真(4))が、これは監視所跡であった由。上の建物は新しいが、スロープ側に入口がある半地下はコンクリートの頑丈そうなもので、おそらく当時まま流用されているのではと思われる。


●スロープ上から山頂広場を望む。手前に花壇、中央奥に展望塔、左手奥にちょっと隠れて猿舎が写っている。

まずは花壇(上写真(5))。二重の縁石に囲まれていて、その間は細いドーナツ状の池になっている。こんなにせせこましい池なのに(公園案内板によれば、3つの高射砲台座跡はすべて直径12mだそうだ)ザリガニが繁殖していて、子供たちのザリガニ釣り場になっている。ちなみにここのザリガニは結構スレていて、エサのさきいかを挟むまでは行くのだが、釣り上げようとするとするとすぐに離してしまうため、小さな網を持って行かないとなかなか捕まえられない。

閑話休題。流石にこの花壇こそ原型との共通点は丸いことくらいしかないんじゃないか、と思ったのだが、hnさんによれば、他の2つ同様、もともとのすり鉢状のコンクリートの構造物はそのまま残っているらしい。どのように改造されたかの詳しい推察はhnさんの記事に譲るが、hnさんが実際に池に手を突っ込んで確認したところ(偉い!)、池の外周の壁面は垂直でなく、内側に向けて斜めになっていたという。外周は砲台そのままで、単にその上に縁石を載せてあるらしい。
長くなったので続きはまた改めて。
●「RWBY」のテレビ放映が始まったのだが、なんと大幅に中身が端折られていた。なにこれ。DVDプロモ用の撒き餌か何か? 吹き替え版で話が分かりやすいので続けて観たいとは思うけれど、かなりガッカリ。
[かば◎の迂闊な日々軍事遺構]
5/11
16:09
ひのき
驚きましたね....タミヤ社長の田宮昌行氏がお亡くなりになったと...年齢も、わたしとさほど変わらないのに.... 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。  さて、今週の土・日は、いよいよ静岡ホビーショウの合同作品展です。わたしは、明日の仕事が終わってから、特急電車と新幹線を乗り継いで、夜中 静岡に入ります。ホテルは昨年同様です。展示会のジオラマ等の巨大な荷物は、先日の火曜日に発送しました。今年から宅急便の送り先が変わって、例年より早く発送しなければならず...しかも、今年は5月5日の東京オフ会から戻って、すぐに次の週末がホビーショウと、日程が詰まっていて、しかもしかも、ジオラマの電車の調整に時間がかかって、ホントばたばたしておりました。おかげで、宅急便で荷物を送るときまでに間に合わないモノもたくさんあって、結局地元から車で行く方に頼んで間に合わなかった荷物を届けてもらう事になりました>< で、今年の、うちのブースの目玉は、やはり↓これでしょうか。 いつの間にか、アスカモデルさんと協賛しておりました(笑)さらに、わたしの未完成の古い作例も引っ張り出してきて、なんとか動くようにされてしまってww 最後の仕上げとか、ギミックの調整とか塗装まで、おやぢ組みのマルボールさんにやってもらって、もう、二度と動かさないだろうと思っていた作品が日の目を見ることになりました。 ぃぁ、人の改造したギミックとかを調整するなんて、とんでもなく厄介な事だと思いますが.....よく出来たものだと、感心しました(^^;;; ホビーショウでは、メーカーのアスカモデルさんのブースで、うちのブースの可動改造デモの宣伝をしていただけるそうなので、こちらも上のポスターを貼っておこうと思ってます。 ちなみに、わたしの悪役一号は、履帯が切れて使えなくなっておりましたが、これもパーツを提供していただきました。ご尽力いただきましたマルボールさん・山田さん、そしてアスカモデルの社長様、この場をお借りしてお礼申し上げますm(_ _)m 土日はがんばってデモいたします(笑)  で、実は、こんなものも用意しました。   3DCADで設計して、造形した悪役一号の履帯下部です。履帯の爪はキットのものを使ってます。 わたしの悪役一号の起動輪の歯が、削ってあって、それが原因で新しいゴム履帯がスリップしやすいそうで、それを聞いて、大慌てで設計してすぐにDMMで造形しました。CADで設計してDMMiに発注するまでの時間が3時間切ったという最短時間作品ですww(DMMでの造形時間は1週間くらいかかりましたがw)爪を削っていたのは、走行中に履帯が起動輪の爪に乗り上げないように...だと思うんですが....なにせ、作って走らせてたのが10数年前ですから.....記憶にございません><  昨晩塗装をしたところで、当然一度も履かせていません....起動輪の爪には合わせたつもりですが、よく考えたら小さな転輪の幅と履帯の内側の爪の幅がぎりぎりすぎなのを確認....特にわたしのキットはサス可動にしたため転輪がキチンと一列に並んで無い可能性があるので、履帯の転輪の幅を広げておかないと不味いと....一コマ一コマ削って広げますたww これでまともに動くと思いますが......本体が手元に無いので、ホビーショウの会場で掃かせてみないとなんともいえません.....今は、うまく動くように祈るだけです(笑)  悪役一号以外にも、今回の展示会で2日間動かして、耐久性等をテストしてみたい車両もあって... 下半身すべてアクリル素材で造形した高速2号戦車も徹底的に走らせたいし....「ひのき455V3」の新車両基板を積んだ車両も持っていくので、それも耐久テストしたい....MP3プレイヤー搭載でモータードライバーも小型の新しいタイプなので、そのあたりを念入りに.... ジオラマ関係では、新しく作った配線ボックスを持ち込む予定で、赤外線がより安定するように投光機も新たに作ったし....もちろん電車もw 色々やりたい事、試したい事だらけだ..... 問題は... 自分の体力....2日間、もつかなぁww  それでは、土曜日・日曜日、ホビーショウ会場でお会いしましょう~  
3/18
20:54
マイロン
残念ながら,水戸のホテルが手配できず。
どうせなんで土浦のマルジョウ模型店でニチモ300分の1「ふじ」と
中村産業時代の700スケール「さんふらわあ」ゲット。
終戦後からの模型店ということで木製ソリッドの手つかず品とかもあった。
だいぶ少なくなったとのことだったが、車はニットーのとかあったような。
ニチモ護衛艦あったらなぁ。
追記
只今石岡市であすにそなえるとかなんとか。

[練習用]
1/11
12:51
ヒトっさん
さてさて、1/16 ティーガーⅠのレストア&バトル化の第2弾ですね。
前回投稿でほぼほぼレストアは完了しましたのでバトルシステムの取り付けです。
と言っても今回は特別に何かを造形したりする事はありません、説明書通りに砲身右側の同軸機銃のモールド部分の穴を広げて、砲塔内部にバトル用赤外線LEDを接着するだけです。
後はDMDユニットへコネクターを繋げばOK!
単純な作業です。
ビフォー
アフター
ん?
何か変わった所あるの?
見た目にはキューポラに黒いキノコ型のセンサーユニットが着いただけですね。
でも折角ダークイエローに塗ったので、ガールズ&パンツァーの黒森峰デカールを貼って仕上げてみました。
という事で、これにて作業は完了です。
さて、今回何故大急ぎでティーガーⅠを仕上げたのは理由がありました。
9日に滋賀県の米原ドームで行われた1/16タンクバトルミーティングに参加する為でした。
米原グリーンドーム
伊吹山が綺麗でした~
頂上の一部に雪が見えます。
バトルミーティングに参加した車両達です。
いや~、1/16は動きと音が大迫力なので楽しかったですよ~!
という事で今回はここまでです。
では。。

[ラジコン]
16 11/20
14:24
のらくろ軍曹
昨日はお疲れ様でした。
やっぱりミーティングあってのフルオペでミーティングあっての趣味なんだなぁ、と再認識させられました。
あまりのパーツの価格高のために冷めてしまったラングですが、鶴見さんのラングのシュルツェンをつけた姿で欲しくなりましたw
シュルツェンがゴムで微妙にプラプラしつつ、取り外しができるのがいいですねww
会場発表された1/35バレンタインも嬉しかったです。これから時間をかけて、同じ車体のビショップやアーチャーが発売されていくことでしょう。
それとも大戦中、供与されたロシアで取材してるから、供与された、バレンタインやチャーチル3、M3リーのリメイクと供与された戦車で進んでいくのか妄想と予想を反芻しております。
セントグロリアーナの風が吹いておりますね。
ま、とりあえずラングの計画を再起動です。
ミーティングの試合は、3位の盾が3つ目になりました。3年ぶりですね。戦車を抱えて明治神宮に参拝したのが効いたのでしょうか?
チーム戦は菌さんのスターリンをパンサーに乗り換えてから覚醒したように攻撃力が高くなり、どした!?って感じです(笑)
しかし、あの坂で活躍した敵、義勇軍のレオ2(A7かスウェーデン仕様!?)の勇姿。敵ながらあっぱれでした。
[2016年のタミヤフェア]
15 10/6
16:35
マスター&スタッフ
大変お待たせいたしました
「第13回モデラーズコンテスト」ならびに
「第3回スイーツデコレーションコンテスト」の
入賞者が決定いたしました

早速、入賞者の方々を発表させていただきます
★第13回モデラーズコンテスト★
タミヤプラモデルファクトリー長谷川マスター賞エントリーNo,13 中野 和弥 様Tool box of MINI
トレッサ横浜賞エントリーNo.35 原田 直樹 様月光一一型 只今整備中
モデルアート賞エントリーNo.9 柴田 徹 様ドゥカティ デスモセディチ
タミヤ賞ミリタリー部門エントリーNo.34 副田 洋平 様1/48ヘッツァー中期型
タミヤ賞一般部門エントリーNo.11 関 知之 様再会の夏
情景大賞エントリーNo.7 吉田 耕 様1945←1939おわりのはじまり
ミニ四駆大賞エントリーNo.12 瀬戸 史裕 様WOOD ABILISTA
アイデア賞エントリーNo.13 中野 和弥 様Tool box of MINI(タミヤプラモデルファクトリー長谷川マスター賞とダブル受賞です)
ジュニア賞エントリーNo.47 杉山 敦樹 様フォルクスワーゲン・タイプ1
一般投票大賞エントリーNo.28 角川 健太 様冬明けの指令
課題部門エントリーNo.19 牧野 祐一 様図工の宿題(飛行機採集)
入賞エントリーNo.1 三浦 修 様Kamerad
入賞エントリーNo.3 大森 憲一 様トヨダAA
入賞エントリーNo.39 常川 晴久 様HARLEY DAVIDSON
入賞エントリーNo.40 鈴木 泰教 様全員!整列!!
入賞エントリーNo.42 飯塚 栄次 様待て!行っちゃいかん!
★第3回スイーツデコレーションコンテスト★
タミヤプラモデルファクトリー賞エントリーNo.3 小松 美保子 様秋の和スイーツ
親子・ジュニア賞・エントリーNo.9 つじ まゆ 様ハッピーぶどうもりだくさんケーキ
・エントリーNo.10 辻 美和子 様マロンタルトレイクの上で
以上の方々に決まりましたおめでとうございます!!!
作品は10月18日まで展示しております。みなさま、ぜひ素敵な作品の数々を
ご覧になってください
また一般投票大賞に投票してくださった方のなかで
タミヤグッズプレゼントに当選された方には
今週中に発送いたします
もうしばらくお待ちください
15 5/22
19:34
HOTARU
5月15・16日、静岡のツインメッセで開催された、静岡ホビーショー&モデラーズクラブ合同作品展に参加してきました。

出発は当日の早朝4時前。
車で会場へ向かったのですが、会場に着くまでずっと雨が降ってました。
安全運転で行ったのでいつもより30分以上時間をかけて会場に到着。
いつものように「可動戦車模型愛好会」で参加していますが、「Ducktails Auto Modeling Club」さんにも場所をお借りしていくつか展示させていただきました。
可動戦車模型愛好会のブースの様子



今年はラジコン化されたマウスが4台!
・・・私のは間に合いませんでした。
すみません、最近はパテこねてばっかりでプラモ作ってません。

マウスが動いてるところ。

可動戦車模型愛好会で一番人気?
撮影していく人が一番多く感じられたのがこの作品。
ガールズ&パンツァー」は最初に飛びついた戦車おじさんなどマニア層の人たちには人気は一段落したかな、という感じですが、ライト層への認識が行き渡ってきたように思います。
まだ数年いけるんじゃない?

こちらは「Ducktails Auto Modeling Club」さんで展示させていただいた作品。
あと1/24の如月千早(レジンキット)とか1/35のJS-2とか展示してたんですが写真撮ってませんでした。
1日目の展示が終わったあとのクラブの飲み会にメンバーのお友達のニュージーランドのモデラーさんがゲストとして参加くださいました。
車やバイクでジオラマを作っているそうです。
自己紹介で「最近はプラモ作らずにパテこねてフィギュア作ってる」と言ったら興味を持たれました。
言葉わかんないので、写真見せた方が伝わるだろうと過去作品や制作中の作品をスマホで見せてあげたら妙に気に入られてしまいました(笑
翌日に会場に展示してあったフィギュアを見つけ、
「これを手に乗せている写真を撮らせてくれ」って写真を撮られたり(笑

今回の戦利品。
特価になってた痛車プラモと、限定のnanacoカード。
来年の静岡用のネタは決まりました!
完成するかどうかは別の話ですが(笑
帰ってきたら風邪ひきました。
ひのき会長にうつされた・・・
ごく一部ですが、合同展で気になった作品は以下で。
あ、メーカーブースでは1枚も写真撮ってません(笑続きを読む
[イベント]
15 5/12
15:51
HOTARU
5月5日に開催されたトレジャーフェスタ有明13に参加してきました。

久しぶりのビッグサイト。
15年ぶりくらい?
前にきた時にはまだ駐車場が完成していませんでしたw
今回はゲイトリバーさんの『WhiteNoise』で参加。
私は販売物は用意できず展示のみになりました。

卓の様子。
ゲイトリバーさんは1/35のガルパンフィギュアいろいろと、軟質樹脂を使ったハルナを出品。

チルノ。
今回は展示のみになりました。
夏のワンフェスで販売予定です。
続きを読む
[トレジャーフェスタ]
14 11/17
00:46
人口精霊
こんばんは。(こんにちは。)
11月も後半、寒くなってきましたね。
夕方も陽が落ちるのが早く、すぐに暗くなる時期になりました。
私は週末も、模型ライフ・・・。(笑)
で、
4年前ぐらいに製作した「鮎沢美咲会長」を一部手直ししていました。
当時作った顔が・・・怖くて・・・作り直し、
スカートも厚手の布地だったのを手染めの柄で作り直しして
何とか見れるようになったかな。
と言うことで、少女漫画からアニメ化された
「会長はメイド様」より
会長の制服と、メイド服を投稿です。(笑)
こっちが会長の夏制服
スカートの柄は、染ペンで書きました。
通学用のカバンも布製で自作。
こちらがバイト先の「メイド・ラテ」のユニフォームです。
「会長はメイド様!」*^^*
「萌え萌えオムライスです、ご主人様!」
並べるとこんな感じ。(合成画像ですけれど)
「会長はメイド様」は最初、妻がハマっていて
そのうち私も巻き込まれてドップリでした。(笑)
画像をお借りして
では、また。

[おもちゃ]
13 4/21
22:41
くじさん
聖グローリアの04号車戦車長、リプトンです。
すばらしい大洗の町並みを紹介しようと思いましたが、容量の関係で、写真が2点しかアップできませんでした。
素敵なストラクチャーをありがとう!ヒロさん!
大洗参戦日記]
13 4/18
05:09
TAC@BANANAGUYs

MAX Free Scale FORD GP 1940 “Blitz Buggy”
MAX(マックス模型)は1970年代前半に精密で多彩な軍用車輌のキットを発売して好事家を喜ばせたメーカーです。
このブログでもその一端をご紹介しているので、原体験の無い若い皆さんにもこのメーカーの製品内容をご理解頂けるのではないかと思います。
ホワイトM3A1スカウトカー(偵察装甲車)
http://vintageplamo.blog.so-net.ne.jp/2010-04-12-4
ダッジ3/4トンWC56/57 コマンドカー
http://vintageplamo.blog.so-net.ne.jp/2010-04-12-3 

1970年代前半といえばタミヤが世界に誇るMM(ミリタリーミニチュア)シリーズが驚くべき充実を見せて「ミリタリーモデルは第二次大戦中のドイツ軍アイテムを1/35で作るのがイチバン!」といったトレンドが確立されてきた時期でした。
そんな風潮の中マックスは、まずタミヤと競合しないアイテムで、なおかつ世界的に有名でありながらも当時まだ模型化されていなかった車輌たちを意欲的に発売していきました。
今ではその独自のセンスや先進性が誤解されて、
「マックスのキットはマニアック過ぎてまったく売れず倒産した」
……とか、
「車輌マニアが監修に入ったため、一般受けする売れ筋商品が開発できずに倒産した」
……といった話がまるで都市伝説のように(笑)語られることがありますが……実際は、そうではありません。
元々マックスという会社は極少人数で立ち上げた超零細企業であり、当時としてはハイクォリティ・ハイセンスな製品を開発してはいたものの慢性的に資金も人手も足りず、またマックスの製品に警戒感を抱いた大手メーカーが大攻勢に出たため、そういったメーカーの同系統キットや人気のドイツ軍アイテムに比べれば思ったほど売り上げが伸びなかったし、それならば……と、金型を他社に売却して店終いしたというのが真相のようです。
何しろマックスの製品はその後トミーに受け継がれ、海外のピアレス、続いてエアフィックスやイタレリ(提携先のテスターも含む)に移り、21世紀に入った現在でも現役の精密キットとして販売され続けています。
本当に「まったく売れない製品」だったら、こんなことにはなりませんよネ!(笑)
―――― 少年時代から親しみ、その精密さや組み立ての“手強さ”から一目置いていたマックス製品でしたが、よく行く模型店のショーウィンドゥに飾られていていつも気になっていたのが、この“ブリッツバギー”でした。

アメリカでは1960年代よりサブカルチャー百花繚乱の時代に入り、レベルやモノグラムが独創的なセンスを持ったデザイナーに依頼してユニークなディフォルメキット(実在する航空機や車輌をモチーフにして、模型としての精密感を損なうことなく、コミカルなディフォルメを施したモデル)を発売していましたが、ブリッツバギーの完成品はそれらのオモシロ可笑しい複葉機やホット・ロッドカーと並んでチョコンと置かれていました。
その楽しげな雰囲気に魅せられてしまい、お店に行くたびにショーウィンドゥを覗き込んでいたものですが……まったく残念なことに、各社に受け継がれて長寿を誇ったマックス製品の中で、このブリッツバギーはもっとも短命に終わり、後になって手に入れることが大変困難になってしまったキットでした。
一時期、オオタキがこのキットに附属していたアクセサリー、ジオラマベースとフィギュアを省略して、車体だけを「1/40スケール フォードGP」として発売したことがありましたが、このキット本来の楽しさは失われてしまった内容で、またこの後に金型が破損してしまい、再販が不可能になった……という噂を聞いたこともあります。
これはあくまでウワサですから実際の処はわかりませんが……今のところ、もう何処からも再販される見込みのない幻のキットになってしまったことは確かなようです。


※フォードGPの実車記録写真
―――― さて、マックスが「カートゥーンシリーズ」として発売したフォードGP “ブリッツバギー”とは……おっとっと、僕がエラソウにウンチクを書くより、ここは“ガミガミ軍曹”と“マックス一等兵”に説明してもらいましょう!

どうです、楽しいでしょ!(^^)
このキットのデザイン・監修を担当されたのは、戦後の日本アニメーション黎明期から第一線で活躍して数々の名作を手がけた、まさに日本アニメの育ての親である作画監督、大塚 康生さんです。

僕らは心からの尊敬と親しみを込めて大塚先生と呼ばせていただいていますが、ミリタリーモデル愛好家の方ならば、大塚先生が世界的に有名なジープを筆頭とする軍用車輌の研究者であることはご存じでしょう。
大塚先生のお宅に遊びにうかがうと、ジープや模型のお話が尽きず、ついつい長居をしてしまいます。

大塚先生のお話をうかがっていると、マックスのブリッツバギーのキットには、大塚先生のお人柄がそのまま出ているなぁ!と感じます。
実車についての知識と愛情、そしてプラモデルというものの楽しさを多くの人々に知ってもらいたいという気持ち……ガミガミ軍曹とマックス一等兵は組み立て説明書の全編に現れて、このキットを今まさに作っているユーザーを助けてくれますが、こんなコーディネイトも大塚先生ならではのセンスでしょう。


このブリッツバギーは、実車の全長をキュッ!と縮めて、やや大きく幅広のタイヤを履かせたディフォルメ・モデルですが……細部をつぶさに観察すると、その驚くべき“こだわり”が見えてきます。

シャシーは左右分割のもので、その間にデフを挟むようにして接着。
その上にエンジンとトランスファーケースを載せるという、まるで実車の製造工程を思わせる部品分割となっていて、メカニックの楽しさを堪能できるようになっています。
もちろん組み立て説明書は丁寧なので、工作で迷う部分はありません。

タイヤには“DUNLOP”の銘柄が!
当時、精密キットを謳い文句にしている製品でも、ここまでやっているキットは少なかったと思います。

そして、繊細なラジエーターグリル。
当時の金型技術としては限界ではないかと思える細さで、実車の華奢なイメージをよく伝えています。

楽しいアクセサリー類。
フォードGPの登場時期に合わせて、ちゃんと初期型になっている1/4トン カーゴトレーラと、それに積むジェリカン、シュラフ……。

もちろん、ガミガミ軍曹とマックス一等兵のフィギュアも入っていて、パッケージイラストと同じポーズで仕上げることができます。

ひときわ大きい長方形の部品は、ジオラマベース。
完成したフォードGPをスタンド部品で浮かせることにより、車体をピョン!と浮かせながら悪路を疾走するパッケージイラストの雰囲気をそのまま再現できる、嬉しいオマケです。
―――― よく言われるように、このキットの登場は、たしかに「早すぎた」のかも知れません。
先に書いたように、アメリカでは1960年代からこのように実在のメカをディフォルメしたキットが数多く発売され、それを楽しむ地盤も形成されていましたが、1970年代前半の日本ではまだまだそんな余裕が無い……当時の日本のモデラーは、ようやく世界に誇れる精密感を再現できるようになった各種国産キットのクォリティの虜となって「とにかくボルト一本の大きさに至るまで実物を忠実に再現してほしい」と、精密感と正確さの追求に躍起になっていて、このフォードGPのようなコミカルなキットを自分なりの工作、自分なりの塗装でユッタリ楽しむような気持ちの余裕を持てるモデラーは、本当に、驚くほど本当に少数派だったのです。
こういったディフォルメキットが日本に定着するのは、1980年代にハセガワが発売した「たまごヒコーキ」シリーズの登場まで待たねばならないように思います。

マックスのキットには、時折 次回発売製品の広告を兼ねたリーフレットが同梱されおり、裏面にはエンドユーザーからマックスに寄せられた“ファンレター”の一部が紹介されていました。
また、このブリッツバギーの製品化についての解説や、発売予定キットのイメージ画とも思えるイラストが添えられていることもありました。
これはそのひとつで、第二次大戦中にイギリス軍が北アフリカ戦線で運用したM3グラント中戦車と、いかにもイギリス人といった風情の戦車兵がコミカルに描かれています。
車体側面のハッチに、当時驚異的な破壊力を持つとして恐れられていたドイツ軍の「88ミリ砲」の砲弾がめり込んでいるのがご愛敬です。
この他にも、ドイツ軍の有名な急降下爆撃機“スツーカ”を描いた楽しいイラストもありました。
恐らくほとんどのものは大塚康生先生がお描きになったものでしょう。
もしかしたら大塚先生の後輩に当たる宮崎駿監督がお描きになったものも混じっていたかも知れません。
これらのイラストが、そのままのテイストでキット化されたら、どんなに楽しかったことでしょう。
21世紀の今だったら、ちょっとしたブームになっていたかも知れません。
しかし、残念ながらそれらのキットが発売されることはなく、マックスの「カートゥーンシリーズ」はこのフォードGPブリッツバギー単品で終わってしまいました。
やはり、当時としてはセンスが先進的すぎたのでしょう。
本当に残念です。
―――― 大塚康生先生のプラモデルへの愛情、そしてセンスを世に知らしめる製品も、このフォードGPの絶版で途絶えたかに思えましたが……意外なフィールドで再び開花し、長きにわたって注目を浴びることになります。
1985年。
タミヤのミニ四駆「ワイルドウィリスJr.」の登場です。

大塚先生がウィリスMC(M38)ジープを元にデザインしたものです。
このキットはよく観察すると、マックスのフォードGPと同じ“薫り”を感じて楽しむ事が出来ます。
スケール表示は他のミニ四駆製品と合わせて1/32となっていますが、計測してみると、車体の全長を1/32クラスに縮めてあるだけで、車幅も、車高も、そして主要部品や各部のディテール(彫刻再現)も正確な1/24スケールにまとめられていて、その精度はスケールモデルとしての鑑賞に耐えるほどです!
子供向けだからと言って手を抜かない。
メカの楽しさ、本物の魅力はキッチリ伝える。
過度な部品分割はせず、誰もが手軽に楽しく作ることができる……。
「ワイルドウィリスJr.」は、マックスのフォードGPの正統な後継者といってもよいでしょう。
2013年、大塚康生 先生はタスカから発売される1/24スケールの「バンタムBRC」に全面協力されています。
ジープの始祖として歴史に名を残す名車バンタムBRCを1/24で再現するという、世界初のプロジェクトです。

精密感を保ちながら、出来る限り作りやすく、親しみやすいキット内容に……と、大塚先生はキット設計スタッフの皆さんに注文を出されたそうです。
あまりにも細かい部品分割、作りやすさを犠牲にした精密感の追求……そういったトレンドがエスカレートしつつあるように感じる今、プラモデルの本来の楽しさって何だろう?
マックスのフォードGPの部品を眺めていると、そんなことを考えてしまいます。
(注:2013年5月の静岡ホビーショーで「有限会社タスカモデリズモ」は「アスカモデル」と社名変更することが発表されました)

[ノンジャンルアイテム]
13 4/1
03:45
TAC@BANANAGUYs

※旧 今井科学 1968年製
BANDAI 1/24 WILLYS JEEP (1970)※ORIGINAL IMAI KAGAKU 1968 Release.
第二次大戦中に登場して全戦線で勇名を馳せたウィリスMBジープの1/24モーターライズキットです。
元々は今井科学が1960年代末に発売したものですが、ほどなくバンタイが販売元となりしばらく店頭で見かけたので、このバンダイ版に見覚えのある方のほうが多いかも知れません。

箱絵は「空挺作戦前夜」といったところでしょうか。
空挺隊員と彼らを運ぶ輸送機のパイロットがジープの傍らで打ち合わせ中の様子が描かれています。
これは小松崎 茂 画伯の手によるもので、今井科学から発売されていたときはジープと人物のみが切り抜かれたレイアウトになっていましたが、バンダイ版ではモノクロのM60中戦車と155ミリカノン砲が背景に合成されました。
M60も155ミリ砲も今井科学が1/24スケールで発売していたので、その関係もあったのではないでしょうか。

キット内容は当時としては標準的なもので、ランナー配置を見てもそのまとまりの良さがうかがえます。

1/24でモーターライズ走行させるため、モーターは車内に、そして電池ボックスはジープの相棒として有名な1/4トンカーゴトレーラに載せて、ジープ本体のプロポーションが電池ボックスによって著しく損なわれるのを防いでいます。

カーゴトレーラ上の電池ボックスは大型の弾薬箱のような箱で覆い、カモフラージュされます。

また、弾薬箱だけでは寂しいと感じたのでしょうか、畳んだテントとバッグがアクセサリーとして含まれているのが微笑ましく感じられます。

そのうえ、このカーゴトレーラは配線でジープ本体とつながるにも関わらず、取り外し可能なように設計されています。
また、カーゴトレーラは単体で自立するように、スタンドがスプリングを使って折り畳み可動になっているのも気が効いています。

走行のためのギヤはちゃんとデフの中に収められ、ドライブシャフトを介して後輪を駆動させます。
前輪はステアリングが効くようになっているので、残念ながら実車と同じ四輪駆動のギミックは無理だったようですが、このキットの原体験を持つ方々にお話をうかがうと、予想していたよりも走行性能は良かったようです。

作るとなかなか楽しいキットに思えますが……待てよ、このキット、本当に1/24スケールなんだろうか?
昔のキットは箱に書かれたスケール表示と実際のスケールが違うことが多々あります。
簡単に検証してみることにしましょう。

ハセガワの1/24スケール「ジープ ウィリスMB」。
2003年に発売された、現時点では最も新しい1/24スケールのウィリスジープのモデルです。
近年のプラモデルは目の肥えたマニアのニーズに応えて基本的な寸法等はできるだけ正確に再現されているので、ハセガワのジープの内容を信用して比較してみました。

ハセガワのジープはタミヤ1/35(MMシリーズ新設計版)と同じくボディの主要部品とフロントグリルが一体成形となっているので、比較対象としてはもってこいです。
左上のシャシーフレーム部品とランナーでつながっているのがバンダイ(旧 今井科学)1/24。
右下がハセガワ1/24。
……基本的な寸法はほとんど同じで、不自然なほど寸法や角度が違う部分は見あたりません。
自動車の模型ではそのイメージを左右する重要な要素であるタイヤも比較してみました。

左の中央にランナーが付いているのがハセガワ1/24。
右がバンダイ(旧 今井科学)1/24。
直径も幅も厚みも、驚くほど合致しています。
これを見る限り、今井科学は1960年代末という時期に相当マジメにジープを1/24で模型化したことがわかります。
ただ、残念なのは……「顔」です。

ジープ好きの人間がいちばん気にするポイントのひとつが、顔……フロントグリルの出来映えです。
今井科学のジープは、同時期の各国産メーカー品によく見られるように、ジープのフロントグリルの特徴をつかみ取れず、ずいぶんとコミカルな顔立ちになってしまいました。
恐らく、大戦型のウィリスMBと戦後に登場したウィリスMC・M38の特徴が混ざってしまったのでしょう。
ここが実車に似ていたならば、かなり高い支持を得ることの出来るキットになったのではないでしょうか。
実は車体各部にもウィリスMBとM38の特徴が混在しています。

(第二次大戦型・ウィリスMBジープ)

(戦後に登場したウィリスMCジープ・M38)
……とは言え、ジープの型式・年式による細部の違いを詳しく解説した資料はなかなか手に入らなかった時代の製品ですし、この当時はゼンマイ動力で走る1/24ジープのキットはあっても、モーターライズの1/24キットは珍しい部類に入りました。
これだけでも今井科学の意気込みが伝わってきます。
現在では超精密なディスプレイキットが主流となり、モーターライズで走行するスケールモデルは極少数派になってしまいましたが……オトナの手のひらに乗るサイズのウィリスジープがテーブルの上をすぃーっと走る光景を想像すると……なんだかワクワクしませんか?

ハセガワ1/24ジープの細部部品を流用したりモールドを移植して仕上げれば「実車のようなスタイルのウィリスジープがモーターライズで走る」様子を楽しめる……そんなディテールアップをしてみるか??
それとも「昔はこんな面白いキットがあったんだなァ」と往時を偲んで完全にキットの内容そのままで作って楽しむか??
うぅむ……とても悩ましいキットです(笑)

[AFVモデル]

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